10日、フィラデルフィアで開催された大統領選の候補者討論会で、トランプ前大統領とハリス副大統領が初めて顔を突き合わせた。経済から人工妊娠中絶、移民、外交まで多岐に渡る議題をめぐって、90分間にわたり両者が主張を繰り広げた。
予測市場ではハリス氏のパフォーマンスがトランプ氏を上回るとの観測が強く、Poly Marketではハリス氏が勝つ確率は70%を超えていた。
討論会を終え、有識者や関係者から様々な評価の声が上がっている。
世論調査の専門家で政治コメンテーターとしても活躍するフランク・ランツ氏は、Xの投稿で、「トランプ氏は未決定の有権者を獲得するために何もできていない」とコメント。「中流階級にアピールする答えができなかった」とトランプ氏にマイナス評価を下した。一方、ハリス氏については、討論会の途中に、「成果を認めざるを得ない。彼女はたとえ弁明に回っても、落ち着いてトランプを直視している」と投稿するなど、高評価を与えた。
世論調査の分析サイト「ファイブサーティーエイト」の創設者、ネイト・シルバー氏はブログで、ハリス氏の戦略が功を奏したとの考えを示した。「ハリス氏は優れた戦術家だ。彼女の陣営は、餌を差し出すたびに文字通りトランプ氏が食いついたことに、大喜びしているだろう」と主張した。
発言時間のたびに相手への攻撃を繰り出すハリス氏に対して、トランプ氏は否定や反論に時間を割くことを余儀なくされた。序盤は冷静さを保っていたが、移民問題の議題の最中、ハリス氏から自身の選挙集会をこき下ろされると、ヒートアップ。「(オハイオ州)スプリングフィールドでは、彼らは犬を食べている。人々はやってきて、猫を食べている。彼らは住民のペットを食べている。それが我が国で起きていることだ」と、最近SNSを中心に広がった過激な主張に言及した。なお、地元の警察や行政当局は、ペット被害に関して信頼できる報告はないと発表している。
ニューヨークタイムズによると、ハリス氏は発言時間のうちの半分近くをトランプ氏の攻撃に費やした。トランプ氏がハリス氏の攻撃に割いた割合は30%以下だった。
ただし、シルバー氏は、ハリス氏の優勢を示唆する一方で、「公平を期すならば、一連の質問はハリス氏にとってかなり好意的だった」との認識を示し、質問内容およびモデレーターによる「ファクトチェック」がハリス氏に有利に働いたと評した。
モデレーターをつとめたABCニュースのデイビッド・ミューア氏とリンジー・デイビス氏については、シルバー氏以外に、共和党支持者を中心にバイアスがあるとして、批判の声が上がっている。
著名な投資家で長年の民主党の大口寄付者でありながら、反バイデン氏、反ハリス氏に回ったビル・アックマン氏は、「なぜモデレーターは、トランプ氏だけをファクトチェックして、ハリス氏はしないのだろうか?」と疑問を呈し、独立候補としての出馬を断念し、トランプ氏支持に転じたロバート・ケネディ・ジュニア氏はニューズマックスのインタビューで、「モデレーターは明らかに偏向していた。トランプ氏を常にファクトチェックしていたが、副大統領が言った嘘には何もしなかった。非常に重要な最初の質問に対する回答をまともにできなかったことも問題にせず、ただ傍観していた」と批判した。
モデレーターの二人は、トランプ氏による民主党が「出産後」中絶を支持しているといった主張や先述のペット発言、犯罪率をめぐる発言について反証したが、ハリス氏の発言については口を挟まなかった。また、最近になって前回選挙に「僅差で敗北した」と発言したことを問われ、「皮肉」で述べたまでとするトランプ氏に、ミューア氏が「皮肉だとは感じなかった」と異議を唱え、両者の間で議論になる場面があった。
このほか、トランプ氏とハリス氏ともに重要な質問に直接的な回答を避ける傾向が度々見られたが、トランプ氏については、直接の答えを引き出そうと質問を繰り返す場面が複数回あったが、ハリス氏に念を押す機会はなかった。
元FOXニュースのキャスター、メーガン・ケリー氏は、討論会は「3対1だった」と批判した。
「トランプ氏は善戦したが、リング上で3人の戦士が1人の相手を叩いた」と主張。「トランプ氏は数回にわたって、不必要に防衛的になるまで追い詰められ怒っていたが、私もそうだ」と続け、「これらのモデレーターはトランプ氏を沈めようと、彼が言ったことに何度もファクトチェックをしたが、彼女の発言にはゼロだった」と語った。
「モデレーターの目には、彼女をファクトチェックするのはトランプ氏の仕事だと映っていたのだ」「トランプ氏が嘘をついたというのが自分の意見に過ぎないのに、あなたはトランプ氏が嘘をついていると非難した」と選挙の「僅差」敗北発言のやりとりに言及したほか、これまで広く問題視されたトランプ氏の言動について、本人から認識を聞き出した上で、「どれほどひどいか」をハリス氏に答えさせる「フォーマット」を繰り返し用いたと非難。「完全にクソだった」と切って捨てた。
実のある議論が聞けなかったとする批判もある。
トランプ氏の宿敵、故ジョン・マケイン議員の娘でメディアパーソナリティのメーガン・マケイン氏はXの投稿で、「これらはマンハッタンのエリート討論会の質問だ。国民は苦しんでいて、食料品の支払いができず、どうすれば良くなるか答えを得る権利がある」と主張。「モデレーターは、国民に重大なひどい仕打ちをしている」と加えたほか、ABCに向けて「食料品の価格は2020年より50%高く、インフレは制御不能、住宅金利は限度を超えて上昇、記録的な数のテロリストが国境を越えた。このことについて質問するつもりはないのか?」と問いかけた。
最重要の争点とされる経済について、ハリス氏は、減税の実施方法や住宅購入支援、子持ち家庭の支援の実現方法について踏み込んだ答えを求められなかったほか、外交分野では、イスラエル・ハマスの停戦に向けて「24時間体制で取り組んでいる」とアピールするにとどまり、具体的な方法を示すのを避けた。
中東およびロシア・ウクライナ戦について、再選したら即座に停戦を実現すると主張するトランプ氏も、いかに実現するのかを答えず、保険医療制度改革については「計画のコンセプトがある」と曖昧な表現に終わった。
討論会終了後、ハリス陣営の報道官は「楽しかった。10月にもう一度やろう」と2度目の討論会に意欲を示すなど、手応えを示した。一方、トランプ氏は、直後のショーン・ハニティ氏とのインタビューで、「すばらしい討論会で、彼女の弱さが露呈した」と主張。ハリス氏が2度目の討論会を希望するのは「彼女は負けたからだ」と述べ、「私は検討しなくてはならないが、討論会に勝っているなら、私はしなくてもよい。なぜ私が別の討論会をする必要があるのか」と回答を保留した。