テキサス州在住のダイアナ・クローチさん(28)が新型コロナウイルスに感染したのは昨年夏。夫婦で、結婚2周年の祝いにラスベガスのトランプホテルに宿泊した際、頭痛に襲われた。帰宅後に発熱し、経験したことのない倦怠感を覚えた。8月6日には、呼吸困難を訴え、緊急治療室に運ばれた。このとき妊娠18週目だった。
ワシントンポスト紙が、一家の闘病生活を伝えている。
夫のクリスさん(37)は、テキサス州のハリス郡保安官室の巡査部長で、ダイアナさんは専業主婦だった。結婚時、クリスさんには、前妻との間にもうけた2人の男の子が、ダイアンさんには女の子がいた。結婚後、男の子が生まれ、6人家族となった。
2人ともワクチンを受けていなかった。クリスさんは、接種の義務化は個人の自由を侵害する主張していた。また、2人ともにワクチンが素早く開発されたことに疑念を抱いていた。ダイアナさんは、ワクチンを流産や不妊症と結びつける主張が誤っていると理解していたが、結局、ワクチンを接種しないのが得策との考えに至った。なお、世界保健機構、米疾病対策センター(CDC)ともに、すべての妊婦にワクチン接種を推奨している。
緊急診察を受けたダイアナさんは、すぐにヒューストンにある「テキサス・チルドレン・ホスピタル」に移動させられた。同病院では、コロナに感染した妊婦のための特別ユニットが組まれていた。
医師から人工呼吸器の装着を告げられた際、ダイアナさんは「子供がいるの。死ぬことはできない」と叫んだという。母子の運命は、同病院のキャメロン・デズフリアン医師とそのチームに委ねられることになった。
CDCは、妊娠中の女性は、重症化するリスクが高く、分娩に悪影響があるとしている。
究極の選択
人工呼吸器を使用して回復を見守ったが、症状は悪化の一途をたどり、入院から14日後、医療チームは人工心肺装置(ECMO)を使用することを決断した。ECMOの使用は、出血、脳卒中、発作、血栓、その他の感染症を伴う危険があり、決断には慎重を要するという。台数が少なく、人手を要するため、治療費は数百万ドルに上る場合もある。
妊娠期間中のECMOの使用は稀だという。ノースカロライナ大学が2008年から2017年に行った研究によると、9人の妊婦のうち、生存できたのは3人で、赤ちゃんは5人だった。生存率では、それぞれ33%と55%だった。
医師はクリスさんに、ダイアナさんの命を考えると、現時点で出産させるのが最善と告げる一方で、時期が早すぎるため、赤ちゃんが死亡するのはほぼ確実だと伝えた。ただし、このままであれば、母子共に助からない可能性があると話した。
クリスさんは、両方の命が助かる可能性にかけた。ダイアナさんが以前「子供の頃に私がなりたかったのは、お母さんだった」と話していたことが心に残っていた。
ECMOを開始してから30日目、ダイアナさんが起きて、電話で話したり、テキストメールをするなど、試練が終わりに近づいたかにみえる瞬間が訪れたという。しかし、それも束の間。数時間後に昏睡状態に陥った。医師から全身性塞栓症と告げられた。医師らはさらに、回復した場合でも、家族のことは覚えていないかもしれないと、クリスさんに話したという。
日が経つにつれ、ダイアナさんのお腹が大きくなっていった。胎児は順調に育っていた。
入院から3ヶ月以上が経った11月10日、妊娠31週目で帝王切開により分娩。体重2,150グラムの健康な赤ちゃんが生まれた。担当医の名前から、キャメロンちゃんと名付けた。この一方、母体は衰弱していた。感染症を発症し、さらに肩方の肺が壊れ、医師らは肺移植の準備を始めていた。
しかし、出産から間もなくして、ダイアナさんの体は自力で回復し始めたという。
11月末には、起き上がることができるようになり、記憶も徐々に回復。クリスマスイブ前日の12月23日、退院を許可された。139日間の入院、101日間の人工呼吸器、51日間のECMOを使った苦しい治療が終わりを告げた。
退院の翌日、クリスさんは、ダイアナさんにあの日の決断について打ち明けた。ダイアナさんは、もし思った通りにことが運ばなくても「考えを変えなかっただろう」と答えたという。
ダイアナさんは酸素ボンベを用い、肺に3本のチューブを入れた状態だという。ただし、医師らは、回復に楽観的な見方を示している。脳卒中により左半身が弱っているが、最終的には完全に回復できると考えているという。
ダイアナさんの経験をきっかけに、ワクチンに懐疑的だった親族の多くが接種を終えたが、ただ1人、考えを変えなかった親戚の男性が新型コロナに感染。1月末にこの世を去ったという。