8月に入り、ペロシ米下院議長が台湾を訪問したことで、米中対立や台湾情勢の緊張の度合いが一気に高まった。中国は台湾を包囲するかのように軍事演習を活発化させるだけでなく、経済制裁やサイバー攻撃などあらゆる手段を使って台湾への圧力を掛けている。三期目を目指す習氏としても国民に対して強いリーダーを示す必要があり、弱気な態度に出られない。また、バイデン大統領も秋の中間選挙で勝利する必要があり、中国への強硬姿勢を貫くことは間違いない。ペロシ氏の訪問については様々な論評があるが、ペロシリスクによってもたらされた新たな緊張関係は、今後の日本の安全保障に大きな影響を及ぼす可能性が高い。
今日、メディアでは邦人退避や南西諸島の安全保障に焦点が当てられているが、日本が抱えるリスクはそれだけではない。その代表例は日本のシーレーンだ。仮に、台湾有事となれば、中国は台湾の東部や南部の海域を封鎖することが考えられる。そうなれば、東南アジアや中東、アフリカや欧州などが日本へ向かう民間商船や石油タンカーの安全な航行が脅かさせることになり、迂回ルートを余儀なくされる恐れがある。日本のシーレーンは南シナ海から台湾南部のバシー海峡を通過し、台湾東部へと繋がる。
また、海上封鎖だけでなく、中国軍が具体的な行動を取ってくる場合も想定されよう。最も考えられるのは臨検や拿捕だ。今日、台湾情勢の緊張に伴って日中関係の悪化も現実問題になりつつあり、東南アジアや中東、アフリカや欧州などが日本へ向かう民間商船や石油タンカーが台湾南部海域で中国軍によって航行を阻害されるだけでなく、臨検されたり拿捕されたりすることで航行の安定が阻害される恐れがあろう。
そして、台湾南部海域からマラッカ海峡に広大に広がる南シナ海にもリスクは及ぶ。長年、南シナ海では中国が人工島や軍事滑走路などを建設するなど、事実上、“中国の内海”となりつつある。既に、中国と南沙諸島や西沙諸島など領有権を争うベトナムやフィリピンとの間では、中国公船によってベトナム漁船が沈没させられ、フィリピン民間船が中国公船によって追尾されたあげく意図的に放水されるなどの被害が断続的に発生している。要は、南シナ海は中国が最も高圧的に活動している海域といえる。
台湾有事は、日本の経済安全保障、エネルギー安全保障にとって死活的問題になる。今後は台湾有事を巡り、それが南シナ海、そして日本のシーレーンにどのような影響が及んでくるかを真剣に考える必要がある。
■筆者 カテナチオ:世界情勢に詳しく、特に米中やロシア、インド太平洋や中東の外交安全保障に精通している。現在、学会や海外シンクタンクなどで幅広く活躍している。