重大事件の発生時、独自のネットワークや技術を駆使して犯人の特定を試みる「ネット探偵団」だが、ニューヨークで起きた医療保険会社のCEO殺人事件とは一定の距離を置いているようだ。
死亡したのは保険サービスを提供するユナイテッドヘルスケアのブライアン・トンプソンCEO(50)。4日午前6時45分ごろ、マンハッタンのヒルトンホテル前の路上で何者かに射殺された。同氏はこの日、投資家向け説明会に参加するためマンハッタンを訪れていた。
現地メディアが入手した監視カメラの映像には、覆面姿の男が、トンプソン氏めがけて背後から複数回発砲する姿が撮影されていた。男は現在も逃走中で、捜査当局が顔写真を公開し、行方を追っている。現場から回収された薬莢には、「delay」(遅延)「deny」(拒否)という文字が書かれていたと報じられている。
なお、2010年に発売された書籍「Delay Deny Defend:保険会社が保険金を支払わない理由、それに対してあなたができること」では、保険会社が患者への支払いを拒否する仕組みについて綴られており、これに関連するメッセージではないかとの憶測も流れた。
ニューヨークタイムズによると、ユナイテッドヘルスケアは14万人の従業員を抱えており、トンプソン氏は昨年、1,020万ドル(約15億円)の報酬を受け取っていた。司法省による独占禁止法の調査が投資家らに公表される前、トンプソン氏らが自社株を売却していたことも伝えられている。
ニューヨーク市警察は、今回の事件は無作為ではなく、「標的を定めた」犯行との見方を示している。
ネットの反応は
事件後、ネットでは犯人を賞賛するような投稿が相次いだ。
掲示板のredditには「保険会社のCEOが殺害されるまでこれほど長い時間がかかったことに本当に驚いている」といった感想や「お悔やみを請求しましたが、拒否(Deny)されました」など保険制度に絡めた不適切ともいえるジョークが飛び交った。
ラトガース大学のネットワーク・コンテイジョン研究所の調査によると、「さあ始めよう」など、さらなる犯行を呼びかけるコメントや、「階級闘争」に言及した投稿にも高いエンゲージメントが示されたという。
ニューヨークタイムズやワシントンポストで記者を務めたテイラー・ロレンツ氏はSNSで、ある保険会社の麻酔料金の支払いに関する判断を引用しつつ、「そして皆、我々がなぜこれらの役員に死んでもらいたいのか不思議に思っている」と投稿。この主張に非難の声が上がると、「彼らを殺害すべきだという意味ではない」と釈明を加えた。
人種差別主義者や犯罪者の身元をネットで暴露するインフルエンサーのサバンナ・スパークス氏はNBCニュースの取材に、「私の祈りに対する請求は拒否されました」とフォロワーの反応を説明している。今回の事件に関して、銃撃犯を探し出したり、警察に協力したりすることに興味はないと回答した。
TikTokで200万人のフォロワーを持つネット探偵のインフルエンサーthatdaneshguyもユナイテッドヘルスケアの「拒否率」の高さを非難するコンテンツを作成し、暴力は推奨できないが、犯人探しを助ける必要はないと主張している。
犯人の割り出しに協力したインフルエンサーもいる。エンジニアのライリー・ウォルツ氏は、男が使用した電動自転車のデータを分析し、行方が「ほぼ」判明したとSNSで報告。分析結果を警察に通報した。しかし、ネット上では「密告者」扱いされていると明かしている。
誤報や偽情報による有害性を研究するスワースモア大学のスクリット・ベンカタギリ助教授はNBCニュースに、今回の事件では「誰が被害者なのかをあまり理解していない」と述べ、「利他的な観点」により、「被害者を助けようというモチベーションが減少している」と考えを語った。
先のネットワーク・コンテイジョン研究所のシニアアドバイザー、アレックス・ゴールデンバーグ氏は「事件を残忍な殺人ではなく、階級闘争のきっかけとみなすのは、特に憂慮すべきこと」と警戒感を示した。