トランプ氏の大統領就任が迫る中、上院軍事委員会では14日、次期国防長官候補の適確性を審議する公聴会が開催された。
トランプ氏から指名を受けたピート・ヘグセス氏をめぐっては、性的暴行疑惑、職場でのアルコール飲酒疑惑、財務管理の不手際といった複数の問題が持ち上がっている。大半の共和党議員がソフトなやりとりをする中、民主党議員からは厳しい質問が飛んだ。
キャリアをめぐる議論
リチャード・ブルーメンソール議員(民主党 コネチカット)は、ヘグセス氏が過去に率いた政治団体の財務運営の問題に触れ、130万人の兵士を抱え、8,500億ドルの予算を運営する国防総省を率いる資格はないと非難した。
元陸軍州兵少佐のヘグセス氏は、2007年から2012年までVets for Freedomのエグゼクティブディレクターを、2012年から2015年までConcerned Veterans for AmericanのCEOを務めた。2つとも退役軍人による非営利組織で、特定の政策や候補者を支援するなど政治への働きかけを行っている。
税務記録から両団体ともにヘグセス氏のずさんな管理によって負債を抱えたと述べるブルーメンソール議員に対して、ヘグセ氏は否定しなかった。
国防総省は2018年以来7年連続で財務監査に合格しておらず、議会は同省の財務慣行に厳しい目を向けている。
ゲイリー・ピーターズ議員(民主党 ミシガン)は、ヘグセス氏は「世界で最大の複雑な組織のCEO」になろうとしているとした上で、コスト削減や調達の改革といった国防総省の直面する重要課題を解決するには経験が足りないと指摘。「履歴書にあるような経験であなたをCEOにする役員会があるとは思えない」と詰め寄った。
ヘグセス氏自身によると、Vets for Freedomの常勤は8~10人、Concerned Veterans for Americanは100名程度だった。
グリーンランドへの軍事行動はありうる?
冒頭に読み上げた声明では、「パートナーや同盟国と協力し、インド太平洋地域における中国共産党による侵略を抑止する」と述べるにとどまり、国際関係の立場について深い議論はなされなかった。
マジー・ヒロノ議員(ハワイ 民主党)から、トランプ氏から仮にグリーンランドを軍事行動によって占領するよう命じられたら従うかと聞かれると、ヘグセス氏は「トランプ氏は戦略的に手の内を明かさいことに優れている」と答え、直接的な回答を避けた。
NATOに関しては、懐疑的な立場をトランプ氏と共有している。英紙ガーディアンによると、2020年に出版された『American Crusade』で、「NATOは同盟ではない。ヨーロッパの防衛協定であって、米国によって資金提供され保証されているものだ」と主張。「ヨーロッパの防衛は我々の問題ではない。我々はそれを二度も経験した」と述べ、「NATOは遺物であり、自由を真に守るためには解体され、作り直されるべきだ」と加えた。
公聴会ではインド太平洋地域の安定を重要課題に挙げたものの、ASEAN加盟国を一つも答えることができないなど、知識不足も露呈した。
タミー・ダックワース議員(民主党 イリノイ):ASEANには何ヵ国が加盟していますか?
ヘグセス氏:正確には言えませんが、同盟国には韓国と日本、AUKUSではオーストラリアと潜水艦において協力している。
ダックワース議員:あなたが挙げた3カ国のいずれもASEANではありません。この手の交渉をする前に、ちょっとした宿題をすることをお勧めします。
なおAP通信によれば、ヘグセス氏は今年出版した著書『The War on Warriors』で、日本に原爆を投下したアメリカ人について、「彼らは勝った。誰が気にするものか」と書いている。
キリスト教ナショナリズムの影響
公聴会では、バイデン大統領の就任式の警護に志願したがキリスト教の刺青が過激派だとみなされ、部隊から除外されたと証言した。
Politicoによると、1月6日の議事堂襲撃事件の直後、陸軍州兵の同僚がヘグゼス氏の刺青を潜在的な「内部の脅威」として指摘した。ヘグセス氏は右胸にエルサレム十字と腕に「Deus Vult(神の意思)」の文字を彫っている。
当時の海軍情報部員がワシントンポスト紙に語ったところによると、ヘグセス氏がSNSに投稿した画像に写っていた「Deus Vult」を調べたところ、第1回十字軍でキリスト教の戦闘の掛け声であったことが判明。詳しく調べると、一部のキリスト教徒の間では現在も使用されているが、議事堂襲撃に加わったプラウド・ボーイズやスリー・パーセンターズといった過激派グループの間でよく使用されていることがわかったという。Politicoは、2017年に白人至上主義団体と反対派が衝突し、死者を出す事態に発展したシャーロッツビル事件で、行進に参加した白人至上主義の間に「Deus Vult」目撃されていると指摘している。
なお、先述の著書「American Crusade」で、ヘグセス氏はイスラム教徒のアメリカ人の増加を嘆き、「現在の状況は11世紀によく似ている。私たちは戦いたくないが、1000年前のキリスト教徒の仲間のように戦わなければならない」と述べている。また、「イスラム教のトルコはなぜNATOに加盟しているのか?」と疑問を呈し、エルドアン大統領を「オスマン帝国の復活を公然と夢見ている」と語るなどしている。
2021年に退役したヘグセス氏は、キリスト教にますます傾倒するようになり、2年前に家族で移住したテネシー州で、キリスト教ナショナリズム運動の指導者ダグ・ウィルソン氏に関係する教会のメンバーになった。
ウィルソン氏は改革福音派教会連合(CREC)と古典キリスト教学校協会(ACCS)の創設者で、アイダホ州モスコーにあるカルヴァン派の教会、クライストチャーチで牧師を務めている。CRECは全国、さらに世界中に教会を持ち、ACCSは500校近くの学校を展開し約5万人の生徒を抱えている。アイダホの地元紙によると、ウィルソン氏と支持者らは厳格な家父長制を信仰し、政教分離を信じていない。ほとんどの女性から選挙権を剥奪し、非キリスト教徒が公職に就くことを禁じ、LGBTQ+コミュニティを犯罪化することを支持しているという。同紙はまた、ウィルソン氏らは米国を聖書の法の解釈に従って運営される神聖国家に変えたいと望んでおり、ウィルソンはそれを実現するために、ひそかにキリスト教産業複合体のようなものを築き上げてきたと報じている。
ヘグセス氏は以前、クライスト・チャーチ関連のストリーミング番組に出演し、世俗世界との「精神的な戦い」において、キリスト教原理主義の教育システムの構築の重要性を語ったことがあったという。
ウィルソン氏は、最近のポッドキャスト番組で自身の目標を、同じ考えを持つ人々を影響力のある地位に就かせることだとも述べており、同紙の取材に、選挙後その目標に近づき、ヘグセス氏の指名を支持すると表明している。
アンチDEI
民主党議員からは、過去の女性兵士の戦闘参加に関する発言に対する非難が飛んだ。
ヘグセス氏は、指名の前後で姿勢を変更させている。
11月7日に出演したポッドキャスト番組では、「私は、女性を戦闘任務に就かせるべきではないとはっきり言っている。それでは我々の戦力は向上しない。戦力は向上しない。戦闘がより複雑になるだけだ」と述べ、特殊作戦部隊、砲兵部隊、歩兵部隊、装甲部隊に女性の居場所はないとした。
AP通信によると、自身の著書では、女性は危険な支援任務で優れた働きを見せてきたが、「歩兵部隊の女性、つまり戦闘に参加する女性は別の話だ」と主張。「女性は肉体的に男性と同じ基準を満たすことはできない」とも述べていた。
ヘグゼス氏は、DEI(多様性、公平性、包摂性)の取り組みに強く反発している。ウォークな将校や指導者が軍を弱体化し、DEIを推進することで軍が女々しくなったと主張するとともに、多様性の推進が白人の子供たちを遠ざけていると述べている。
しかし、公聴会でこうした発言について問われると、態度を軟化。女性の軍隊参加を支持するが、女性に便宜を図るために軍の基準が下げられないよう見直したいと語った。
性的暴行疑惑
信心深い一方、ヘグセス氏は過去二回離婚を経験し、婚外子も持つ。2017年には女性への性的暴行の疑いでカリフォルニア州捜査当局の捜査を受けていた。
ヘグセス氏の弁護士は昨年、CNNに対して、嫌疑をかけられたことを認める一方で、「徹底的に調査され、起訴されなかった」と明らかにした。罪に問われなかったものの、告発者と和解契約を結んだとされる。契約には秘密保持条項が含まれており、和解金の額は明らかにされていない。
AP通信が警察の報告書をもとに報じたところによると、女性から訴えがあったのは2017年10月。女性は、ヘグゼス氏が携帯電話を奪い、ホテルの部屋のドアを塞いで立ち去ることを阻止した後、性的暴行に及んだと供述した。この前日、ヘグセス氏は共和党の女性イベントで公演を行っていた。
公聴会では、性的暴行疑惑について繰り返し聞かれたものの、「誤って告発された」「徹底的に調査され、完全に潔白だ」とあらかじめ準備した反論を繰り返した。
性的暴行疑惑に加えて、ヘグセス氏にはFOXニュースのホスト時代を含む、職場における飲酒癖が報じられているが、「偽りの匿名報道」だと否定した。