米俳優アレックス・ボールドウィン(63)が映画の撮影現場で発砲し、スタッフが死傷した事件について、詳細が徐々に明らかとなってきた。
事件は21日午後2時頃、ニューメキシコ州サンタフェ郡にあるボナンザ・ランチ(Bonanza Ranch)で起きた。映画のセットの教会の椅子に座ったボールドウィン氏が、ホルスターからリボルバー(回転式拳銃)を抜いて、カメラに向けるシーンのリハーサルが行われていた。
発砲した銃弾は、撮影監督のハリーナ・ハッチンス(Halyna Hutchins)氏(42)と監督のジョエル・ソーザ(Joel Souza)氏に当った。ハッチンス氏はヘリで病院に搬送され、後に死亡が確認された。監督のジョエル・ソーザ(Joel Souza)氏(48)は、病院で手当てを受けた後、同日夜に退院している。
ニューヨークタイムズによると、カメラを構えるハッチンス氏の肩越しに立っていたソーザ氏は、「鞭打つような音の後、大きな射撃声が聞こえた」と捜査官に状況を語った。ハッチンス氏は胸部を抑え、よろめききながら後退し、地面に倒れたという。その後、ソーザ氏は自分も肩から流血していることに気がついた。
発砲の際、スタッフは機材のセッティングを行っており、カメラは回っていなかった。
カメラマンのリード・ラッセル(Reid Russell)氏は捜査官に、発砲が起きたのは、ボールドウィン氏が銃の抜き方を説明していた時だと語っている。銃弾を受けた後、ハッチンス氏は「足の感覚がない」と話したという。
なお、ラッセル氏は、ボールドウィン氏が周りに子供がいないかをスタッフに確かめるなど、銃の扱いについては「非常に慎重だった」と証言している。
使用された銃は?
TMZは、コルト社製のリボルバーだと報じている。なお撮影中の映画「Rust」(ルスト)の舞台は、1880年代を舞台とした西部劇だった。
情報筋はTMZに対し、スタッフらが撮影前、実弾を入れた銃で射撃訓練を行っていたほか、現場には、実弾と「ブランク」(弾頭が外された銃弾)が同じ場所に保管されていたと話している。
助監督が銃を手渡す
ボールドウィン氏に銃を渡したのは、アシスタント・ディレクターのディブ・ホールズ(Dave Halls)氏だった。
ホールズ氏は供述書で、兵器係のハンナ・グティエレス・リード(Hannah Gutierrez-Reed)氏(24)が用意したトレーから銃を取り出し、「コールド・ガン」(弾を入れるカートリッジが入っていない銃)だと述べた上で、手渡したと供述している。
ソーザ監督も撮影前、「コールド・ガン」という言葉を聞いたと捜査官に語った。監督は、撮影シーンで、実弾の使用は命じていなかったと明らかにしている。
ホールズ氏は、映画業界で20年以上のキャリアを持つベテランだが、これまでに安全性に関する苦情が寄せられていたという。
2019年にHuluの「Into the Dark」シリーズでホールズ氏と一緒に仕事をした小道具係のマギー・ゴール(Maggie Goll)氏はNBCニュースなど複数メディアに、武器や火工品に関する安全プロトコルを守っていないとして、製作側に苦情を申し立てたことがあったと明かした。
ゴール氏はこの時の職場環境に関して、非常口がふさがれたり、消防車専用車線が確保されておらず、安全ではなかったと語っている。また撮影中に火薬技術者が負傷する事故もあった。安全性が確保されていないにも関わらず、この時ホールズ氏は撮影を続行しようとしたという。
なおニューヨークタイムズは、撮影用の銃は通常、正確な手順を踏んで俳優に手渡されるが、「Rust」の撮影現場では、アシスタント・ディレクターと兵器係の両方が俳優に渡していたと報じた。
銃を手配したのは24歳の新米兵器係
兵器係のグティエレス・リード氏は、ハリウッドの有名な兵器係テル・リード(Thell Reed)氏の娘で、「Rust」では、責任者を務めていた。
同作品で電気技師のチーフを務めるセルジュ・スベトノイ(Serge Svetnoy)氏は24日にFacebookに声明を投稿し、今回の事故は「過失と非プロ意識」が原因だと主張している。
スベトノイ氏は、プロとは「 反射神経のレベルで、現場の安全性が把握できる人のことだ」と説明し、グティエレス・リード氏には、これらの知識や経験が欠けていると指摘した。
「24歳の女性が、この分野で武器のプロになる方法はない」と、起用への疑問を提起した。制作費を節約するため、危険な仕事をする資格のない人物を雇い、スタッフの命を危険にさらしたと非難。悲劇は繰り返してはならないとして、製作側に改善を訴えた。
デイリー・ビーストによると、グティエレス・リード氏は、ニコラス・ケイジが出演する映画「オールド・ウェイ(原題)」(The Old Way)で、初めて責任者を任された。しかしこの映画の撮影中、11歳の子役ライアン・キエラ・アームストロングさんに、確認をせずに銃器を渡すなど、ミスを犯していた。
あるスタッフは、グティエレス・リード氏が「銃に対して不注意で、時々銃を振り回していることがあった」と語っている。また安全ではないと思われる方法で、「ブランク」(弾頭のない薬莢)を充填していたこともあるという。
低予算やスタッフ離脱による混乱も
低予算が事故の一因だと指摘する声も上がっている。情報筋はデイリー・ビーストに対し、「銃器を扱うのに基準に満たない人を雇い、宿泊場所について常に争いがあった」と説明。コスト削減が招いた結果だと語っている。
デイリーメールによると、「Rust」の制作費は700万ドル(8億円)だった。ハリウッドでは、スーパーヒーロー作品は通常、3億ドル(340億円)以上が投じられるという。
ロサンゼルスタイムズは、一部のスタッフから労働環境や安全性に対する不満の声が上がっており、事件当日の朝、撮影スタッフ6人が現場を離脱していたと報じている。労働組合に所属するスタッフの代わりに、非組合員が雇われ、撮影が続けられていた。
また撮影用の銃による誤射も度々起きていた。同紙は事件の日に3回、先週土曜日に2回、その前の週に1回あったと報じている。
なお俳優として出演しているボールドウィン氏は、同作品の共同ブロデューサーを務めている。立場上、責任が問われる可能性を指摘する専門家の声も上がっている。