映画「ゼロ・ダーク・サーティ」の主役の参考にされたといわれるCIAの元職員が、退任後、キャリアを一転。女性の人生を手助けするコーチング業に転身していたことがわかった。
映画は、米同時多発テロ事件の首謀者オサマ・ビンラディン容疑者の追跡劇を描いたもので、主役のCIA分析官「マヤ」をジェシカ・チャスティンが好演した。作品では、アルカイダの拘束者に対する激しい拷問シーンが物議を醸した。
新たなキャリアをスタートしたのは、アルフリーダ・シュワー(Alfreda Scheuer)氏(旧姓ビコウスキー)。2021年退任時の役職は、国土戦略的脅威(Homeland and Strategic Threats)副主任だった。
「YBeU Beauty」というビジネスを立ち上げ、ミドルエイジの女性が「内面も外面も美しく、自信を持って過ごす」ためのビューティー&ライフコーチングサービスを提供している。ホームページでは、自身を、30年間におよぶ政府高官の仕事で、失敗の許されない、主に女性のチームを率いたと説明。女性をメンタリングしてきた経験が活かし、かねてから情熱を持っていた全く異なる分野の仕事をしたいと一念発起し、パンデミック中にコーチングの資格を取得したとしている。
コーチングプランは30日間と90日間のコースがあり、それぞれ397ドル、597ドルで提供している。
シュワー氏は、20日に掲載されたロイター通信のインタビューで、新たなキャリアについて話すと同時に、CIA分析官として受けた批判に言及している。
ロイターが紹介した経歴によると、シュワー氏は1988年にCIAにリクルートされ、1990年夏に大学院生インターンとして仕事をスタート。その後、スタッフとなった。当初、ヒズボラに関連する仕事をした。転機が訪れたのは1999年。ビンラディンを標的とした特別ユニット「アレック・ステーション」に参加することになった。同じく分析官でユニットのチーフだったマイケル・シュワー氏と出会い、2014年に結婚している。
2001年9月11日の同時多発テロの直後、CIAは「強化尋問」と呼ばれるプログラムを推進。タイやポーランド、リトアニアに秘密の刑務所を設置し、拷問に許可を与えた。当時のCIAの行いの一部は、2014年の上院情報委員会による調査報告書に詳しいが、「強化尋問」の有効性に関する記述に、シュワー氏が20回以上登場しているという。最初に公式に拷問が指示されたのは、2002年にアフガニスタンで拘束されたアルカイダの幹部、アブ・ズベイダ(Abu Zubaydah)容疑者に対するものとされ、シュワー氏はこの時、同氏に対する「CIAの強化尋問技法の使用を観察」するため、タイにある「ブラックサイト」を訪問した。
委員会の報告書によると、ズベイダ容疑者は20日間に渡ってほぼ24時間、「強化尋問技法」の対象とされた。1日2~4回の水責めを受けたほか、半裸で「大きな棺のような箱、または小さな犬小屋」に閉じ込められた。ズベイダ容疑者は一度も起訴されることなく、グアンタナモ湾収容キャンプに20年間拘束されている。
シュワー氏はこの後、ポーランドにあるブラックサイトで拷問を受けていた同時多発テロの首謀者、ハリド・シェイク・モハメド(Khalid Sheikh Mohammed)被告に関する報告を受けるため、現地を訪問した。モハメド被告に対しては「睡眠はく奪」や183回におよぶ水責めが行われたという。
シュワー氏が注目を集めたのは、2005年。無実のカレード・エル・マスリ氏の「特例拘置引き渡し」が明るみに出た後のことだったという。「特例拘置引き渡し」は、法的手続きをとらずに個人の身柄を拘束、勾留、他国へ移送することを指す。CIAは、9.11の容疑者に名前が似ていたドイツ国籍のエル・マスリ氏を、誤って拘束。バルカン半島からカブールに移送し、「ソルトピット」と呼ばれる刑務所のトイレ用のバケツだけを備えた独房に4ヶ月間閉じ込めた。報告書では、シュワー氏が、エルマスリ氏の投獄を推したとされているという。
シュワー氏はインタビューで、個々のケースについては話せないとしつつ、「われわれは、人命を救うため、真実に至るための厳粛な義務だと考えていた」と自身の任務を振り返り、「私が出会った全員が、最高のプロフェッショナリズムを持って仕事に取り組んでいた。私がそれに喜びを感じていたということではない」と語った。
雑誌ニューヨーカーをはじめ、メディアから「拷問の女王」と形容され、「喜んで拷問のセッションに参加した」と描写されたことについて、誤りでパロディーだと主張。政府報告書に記載された水責めは、広義の意味で拷問ではないと述べたほか、自身に対する批判は、テロとの戦いのためにリスクをとった結果だとも話した。
夫はQアノン信奉者に転身
なお、夫マイケル氏は、近年陰謀論に心酔し、トランプ前大統領の選挙敗退をめぐって、戒厳令を発するよう訴えていたという。トランプ氏が、民主党やハリウッドのエリートやディープステートの小児性愛者と戦っているというQアノンの説についても、正しいと主張している。
シュワー氏はインタビューで、夫の言動に常に同意しているわけではないと説明。一方「彼は常に公平に扱われているわけではない」と擁護する姿勢も示した。