テスラ、ツイッター、スペースXなどを通じて様々な事業を展開する天才起業家イーロン・マスク氏は、衛星インターネットの世界でも支配的な地位を確立している。
マスク氏が衛星インターネットサービス「スターリンク」の衛星を初めて宇宙の軌道に乗せたのは2019年。以来、ほぼ毎週ロケットを打ち上げ、ソファーほどの大きさの衛星を大量に宇宙に送りこんでいる。ニューヨークタイムズによると、スターリンクの衛星数は4,500基を超え、現在稼働している衛星の50%を占める。マスク氏は今後数年で4万2,000基を軌道に乗せる計画を示している。
スターリンクは約50カ国でサービスの利用が可能で、これには米国をはじめ、ヨーロッパ、日本、南米の一部などが含まれる。ネットのアクセス環境が遅れているアフリカでは、ナイジェリア、モザンビーク、ルワンダで利用可能で、2024年末までに数十カ国に拡大する予定だという。
米国防総省は最大のカスタマーであり、日本など他国の防衛機関もスターリンクの技術をテストしているという。
ウクライナでは軍や市民の必要不可欠なインフラとして機能している。
ウクライナ国内に設置されたスターリンクのターミナルは42,000台を超え、軍、病院、企業、援助団体によって使用されている。ウクライナのある副司令官は、スターリンクなしでは「飛行も通信もできない」とタイムズに認めている。
スターリンクが圧倒的な技術優位性を確立する中、各国の指導者や軍関係者の間では、マスク氏の影響力を行使するやり方をめぐって警戒が高まっているという。
ニューヨークタイムズによると今年3月、ウクライナ軍のワレリー・ザルジニー総司令官は、マーク・ミリー統合参謀本部議長との電話協議で、マスク氏に触れ、ビジネス上の利害と政治姿勢について米国側の評価を尋ねた。ザルジニー氏はまた、ウクライナ軍の戦場における決断は、スターリンクを継続的に使用できるかどうかにかかっているとし、アクセスの確保と費用をどう賄うかについて議論を申し出たという。
マスク氏は昨年9月、コロラドで開催されたイベントで、ロシアによるクリミア併合を認める和平案を提示した。この提案は強い反発に遭い、ウクライナの駐ドイツ大使アンドリー・メルニク氏はツイッターで、マスク氏に「消えちまえ」と厳しい声を上げた。外交の専門家からは、マスク氏がプーチン氏に利用されている可能性や、テスラとロシア企業とのビジネス上の利害を問題視する声もある。
今年2月、ウクライナでドローンの操縦への利用を制限したことが明らかになると、ミハイロ・ポドリアック大統領顧問はツイッターで「ウクライナと自由の権利の側に付き、危害を与える道を取らないか、またはロシア側について、殺害と領土の強奪の権利を持つか」、スターリンクはどちらかを選ぶべきだと、対応を非難した。
昨年、英国のサプライヤーを通じて購入されたスターリンクのターミナル1,300台について、ウクライナ政府が月額利用を支払えなかったことから、アクセスを遮断したこともあったという。
台湾は、スターリンクの導入に後ろ向きだという。同国の元議員で、デジタルインフラの助言をしているというジェイソン・スー氏は、タイムズに、台湾の当局者がスペースXとスターリンクについて話し合いをしたが、中国と経済的利害を持つマスク氏に関する「多大な懸念」を理由に交渉が遅れていると明かした。テスラの新型車の約50%が上海で製造されており、当局者らは、中国政府が圧力をかけた場合、マスク氏がサービスを停止する可能性を警戒しているという。
ヨーロッパでもマスク氏の影響力が議論されている。
スターリンクの優位性に対する懸念の高まりを受け、EUは昨年、EU独自の衛星通信網の構築計画に基づき、2027年までに27億ユーロを拠出する計画を発表した。
権威主義の国からの批判にもさらされている。
昨年、イランで起きた反政府抗議活動で、マスク氏が活動家にスターリンクの利用を可能にすると、イラン政府はスペースXが主権を侵害したと非難した。
中国は今年、スペースXが衛星を軌道上に投入しすぎていることで、他の衛星が宇宙にアクセスするのを妨げていると国連委員会に訴えた。
トルコは今年2月に南部で起きた大地震の際、マスク氏からのサービス提供の申し出を拒否した。市民団体は、不利な情報がオンラインで拡散するのを防ぐ取り組みだとみなしているという。