トランプ大統領が新たな「相互関税」の導入を発表した後、SNSでは40年近く前に放送されたオプラウィンフリーとのインタビュー映像が再び注目を集めている。当時40代前半で不動産事業が絶頂期にあったトランプ氏には、大統領選への出馬の噂が流れていた。
インタビューの中で、トランプ氏は、米国は「負債国家」であり、自分が大統領になれば「同盟国に公平な支払いをさせる」と主張した上で、日本に言及。「日本がやってきて、我々の市場にあらゆるものを投げ売りする。これは自由貿易とは言えない。もし君たちが日本に行って何か売ろうとするなら、すべて忘れたほうが良い。ほとんど不可能だから」と貿易慣行を批判した。「彼らはここに来て、車やビデオテープレコーダを売ってわれわれの企業を叩きのめす。私は日本人のことは非常に尊敬しているし、ひどく叩いてくる相手を尊敬することはできる。彼らは我が国を叩きのめしているのだ」と続けた。
このインタビュー以外にも、トランプ氏は米国の外交政策と日本への批判を繰り返していた。
1987年に主要紙に自腹で掲載した書簡風の広告では、日本やサウジアラビアに対する防衛費の支出をやめるべきだと論じる中で、「何十年もの間、日本や他の国々はアメリカを利用してきた」と主張。「日本、サウジアラビア、その他の国々にわれわれが差し伸べる保護の費用を負担させよう。われわれが創造し、育んだ史上最大の利益マシーンから税金を徴収し、我が国の農民や病人、ホームレスを助けよう」と述べ、「アメリカではなく、こうした裕福な国家に”課税”」して「膨大な赤字を解消」、「米国経済を成長させよう」と訴えた。
当時トランプ氏はビジネスの最前線で日本の躍進を肌で感じていた。
ダートマス大学の歴史学助教授ジェニファー・M・ミラー氏によると、トランプ氏は日本の資本やギャンブラー、バイヤーを積極的に探し求め、これにはトランプタワーやトランプ・パークといったニューヨーク市の不動産プロジェクトも含まれていた。トランプ氏は新物件を売り込むために東京を訪れ、1987年に発売した自伝『アート・オブ・ザ・ディール』が日本でベストセラーになったことも追い風となり、一部ではトランプ氏のプロジェクトのバイヤーの70~80%が日本人だと推定されていた。
日本人ギャンブラー、柏木昭男氏とのアトランティックシティにおける対決は、トランプ氏に衝撃を与えた話として語り継がれている。
Politicoの2016年の記事によると、トランプ氏は1990年、高額を賭ける「ホエール」として世界的に知られていた柏木氏を、周囲の警告を振り切り、自身が経営するニュージャージーのカジノへ招待した。申し出を受けた柏木氏だが、二日間で600万ドル稼いだところで急遽切り上げて日本へ戻ってしまう。納得の行かないトランプ氏は柏木氏に再訪を提案し、日程は真珠湾攻撃と同じ現地の12月7日に決定した。
運命の対決を前に、トランプ氏は、ソ連との核戦争のモデル化で知られていた政府系シンクタンクの従業員に、柏木氏に対する勝率を最大化する方法を相談するなど慎重に準備を進めた。さらにトランプ氏は、柏木氏に1200万ドルを倍にするか、すべて失うまでプレーするという条件に合意させた。
柏木氏は序盤で勝利したが、その後形勢逆転。最終的にはカジノ側が1,000万ドルの利益を得たところでゲームが中止された。この勝負について支払い状況など詳細は不明だが、この後トランプ氏のカジノ事業は1992年までに破産申請へと追い込まれる。一方、柏木氏も同年、日本国内で何者かによって殺害されるという悲劇的な結末となった。
有名映画に使用された撮影小道具のオークションで日本人に競り負けたエピソードも広く知られている。
1988年、名画『カサブランカ』(1942年)でパリのカフェのシーンに使用された58鍵のピアノがオークションに出品されたが、落札したのは日本の貿易会社だった。落札価格は15万5000ドルで、当時ハリウッド記念品としては2番目に高い金額だった。ニューヨークタイムズは2019年の記事で「これは(トランプ氏に)日本の富の増大を直接思い起こさせるもので、翌年、トランプ氏はテレビに出演して日本からの輸入品に15~20%の課税を求めた」と報じている。
原点は1980年代
専門家たちは、トランプ氏の関税政策へのこだわりが1980年代の経験から生まれたと主張している。先述のミラー教授は、2018年の論文で、トランプ氏をめぐる論評の多くは「グレート・リセッション、移民、オピオイド危機、ソーシャルメディアの進化」といった短期的文脈に集中しているが、「彼の世界観の核心、特に貿易や同盟、国家の偉大さ、行政権力に関わる考えは、数十年前に出現している」と指摘。「積極的な外交政策を通じた米国人の雇用や製造業の保護の強調、同盟国の”ただ乗り”に対する批判、米国と国際的な経済秩序に対する他国のマニピュレーションを許す弱いアメリカのリーダーシップへの非難、さらにビジネスキャリアから得た人生は戦いで、目標は常に勝利であり、妥協はあり得ないという見解」など、トランプ氏の外交政策のイデオロギーは過去30年間「驚くほど一環」しており、1980年代の経験に部分的に由来していると分析している。