メキシコ国境の壁の建設費を巡る与野党の対立により、一部の政府機関の閉鎖が続く中、トランプ大統領は8日、大統領執務室よりテレビを通じて国民向けに演説を行った。
演説は、トランプ大統領が要求する57億ドルの壁の建設費用の必要性を訴える目的で、約10分間にわたって行われた。
演説冒頭では、国境の問題を「人道と安全保障の危機」と主張。「管理不能な不法移民」によって、公的資源が乱用され、職業や賃金が下降するなど、アメリカ市民が傷ついていると語りかけた。また、南部国境がコカインやヘロイン、フェンタニルを含む大量の違法ドラッグのパイプラインになっているとし、単年で、ドラッグによる死亡者数がベトナム戦争によるすべての戦死者を上回ると述べた。
さらに、移民税関捜査局(ICE)が過去2年で拘束した、犯罪歴のある外国人の数は26万6,000人に上ったと発言。違法に入国した移民により、何千人もの市民が残酷に殺されたと語り、不法移民と犯罪との関係を強調した。
入国を試みようとする不法移民の数については、先月2万人の子供が米国に違法に連れてこられており、劇的に増加したと発表。これらの子供が、コヨーテ(不法移民を送り込む組織)やギャングによって人質として利用されていると述べた。また、3人に1人の女性は国境に向かう旅の途中で暴行を受けているとし、苦しみのサイクルを止めることを決意した、と移民側の悲劇について言及した。
建設する壁については、国土安全保障省の国境警備部隊の要求などを踏まえた実践的なものであるとしつつ、民主党の要求により、コンクリート製の壁ではなく、鋼鉄製のバリアを予定していると述べた。
また、計画には人道支援や医療支援が含まれている上、不法移民の子供が安全に帰国できるよう、法を修正するよう議会に要求したとし、移民の扱いについて配慮しているしている姿勢を強調した。
壁の建設費については、メキシコとの新たな貿易協定によって間接的に支払われると、これまでの主張を繰り返した。
演説終盤では、問題の解決方法は、57億ドルの壁建設費用を含む予算を、民主党が通過させること以外にない、と主張。民主党の予算案(3日に民主党が下院を通過させた壁建設を含まない予算)を上院で採決しない限り、交渉を行わないとする民主党指導部の主張をけん制した。
最後に、壁建設の承認を「正しさと誤り」、「正義と不正」の選択であると発言。壁建設の必要性について、国民の理解を求めた。
演説の正確性は?
演説内容については、これまでツイッターや記者会見で語った内容と重複する部分が多く、特筆すべき新しい内容はあまり見られなかった。
CNNのホワイトハウス担当記者 ジム・アコスタ氏は、過去の政治集会で繰り返してきた「レトリックのリサイクル」だと感想を語った。また、「民主党が、コンクリートの壁よりも鋼鉄のバリアを要求した」という部分が唯一新しかったが、民主党関係者に対する質問で、民主党が要求した事実はないことが判明した、と発言が不正確であることを指摘した。
政治サイトのPoliticoは、人道と安全保障の危機が拡大していると大統領が語った点について、事実ではないと指摘。国境沿いで不法入国により拘束された移民の人数はオバマ政権時代よりも低く、さらに1990年代と2000年代の基準からは、はるかに低いとしている。
さらに、南部国境が、コカインやヘロイン、フェンタニルを含む大量の違法ドラッグのパイプラインになっているという点については、ヘロインの大半は合法的な入国地点から持ち込まれていると指摘。ほとんどのフェンタニルは中国から輸入されており、ミスリードだと述べた。一方、何千人もの市民が残酷に殺されたとする部分について、アメリカ生まれの市民よりも移民の犯罪率が低いとする調査結果を紹介しつつ、事実を曲げていると指摘した。
民主党リーダーも演説
トランプ大統領の演説に続き、民主党のナンシー・ペロシ下院議長とチャック・シューマー上院院内総務が共同で演説を行った。
ペロシ議員は、大統領の演説を「デマと悪意にさえ満ちた」ものと非難。下院で3日に通過した国境の安全対策を含む予算案を大統領が拒否しており、効果のない壁建設にこだわっていると、状況を説明した。また、大統領は、公衆衛生や安全など重要な公的サービスを人質にとり、退役軍人を多く含む80万人の政府職員の給与を差しどめているとし、政府閉鎖は誤りだと語った。
チャック・シューマー院内総務は、大統領が謝った発言を通じて、危機を捏造し、恐怖を煽り立ていると発言。政権の混乱から目を注意をそらさせようとしている、と語った。最後に、大統領に対して”政府を再開し、我々は国境の安全に関する政策の違いを、互いに解決することができる”と述べつつ、 ”今すぐに閉鎖を止めるように”と呼びかけた。