ニューヨークの路上で起きた保険会社大手ユナイテッドヘルスケアのCEO、ブライアン・トンプソン氏殺害の容疑で逮捕されたルイジ・マンジョーネ容疑者(26)。恵まれた家庭に育ち、アイビーリーグを卒業するなど、周囲からは前途有望な青年とみられていた。
米メディアの報道によると、マンジョーネ容疑者はメリーランド州の著名な一家の出身だった。2008年に他界した祖父ニック・マンジョーネ氏は不動産開発事業で成功を収めた人物で、1978年にボルチモア郊外にあるカントリークラブを購入してゴルフコースコミュニティを発展させた。1986年にはバルチモアの北部の郊外ハントバレーにあるヘイフィールドカントリークラブを購入している。1977年に高齢者の介護サービス会社ロリエン・ヘルス・サービスを設立し、マンジョーネ容疑者の父ルイス氏がオーナーになった。さらに一家はラジオ局WCBMを所有している。親族には州議会議員に選出された者もいる。
マンジョーネ容疑者は名門として知られるバルチモアの私立学校ギルマン・スクールの高校に通い、2016年卒業組の総代に選ばれた。卒業式のスピーチではクラスを「想像力とイニシアチブの両方において独創的」「恐れ知らず」「50年に一度のクラス」と称賛し、保護者と教師陣への感謝の言葉で締めくくった。同校の現在の授業料は年間3万7,000ドル(約560万円)を超える。
ニューヨークタイムズの取材に応じた同級生によると、マンジョーネ容疑者は「とりわけスマート」で、在学中に折り紙飛行機が障害物の間を飛行するモバイルアプリを開発したという。卒業後にゲームスタジオFiraxisでソフトウエアプログラムのインターンを経験し、人気ゲーム「シヴィライゼーション6」のバグを修正したとも報じられている。
大学はアイビーリーグの名門私立大の一つ、ペンシルベニア大学に進学。コンピューターサイエンスを専攻した。テレグラフによると2020年に理学修士号を取得している。
職歴では2023年までカリフォルニア州サンタモニカに本社を置く自動車購入サイトTrueCarでデータエンジニアとして働いていた。
この間、カリフォルニア、その後ハワイに移り住んだ。ハワイでは2022年1月から6月までワイキキにあるSurfbreakという共同生活スペースで暮らした。Surfbreakの報道担当が代表者に代わって話したところによると、マンジョーネ容疑者は幼少期から重大な腰痛を抱え、サーフィンをはじめ日常生活にも支障をきたすほどだった。本土で手術を受けるためにサーフブレイクを離れたが、再びホノルルに戻りアパートを借りたという。手術後にSNSのアカウントに投稿された画像には、金属板と複数のネジが背骨の下部に挿入されたと見られるレントゲン写真があった。
連続爆弾魔「ユナボマー」にシンパシー?
9日の逮捕直後からオンラインの足跡も詳細に報じられている。
Amazon傘下の書籍データ&推薦サイトGoodreadsで、ユナボマーこと故セオドア・カジンスキー元受刑者のマニフェストとして知られる「Industrial Society and Its Future」にレビューを投稿し、「本が特定する不快な問題を避けるために狂人によるマニフェストとして無思慮に片付けるのは簡単だ。しかし、現代社会の展開に関して彼の予測の多くがいかに先見の明があったかについて単純に無視することはできない」と綴っていた。
さらに、罪のない人々を死傷させたユナボマーの投獄は当然とする一方で、オンラインで見つけたとする暴力的手段を擁護するコメントを共有していた。
コメントは、「石油王」の環境破壊に対して、ユナボマーは「平和的プロテストが何も達成できないことを認識する度胸があった」とした上で、「すべての他のコミュニケーション手段が失敗すれば、生き残りのために暴力が必要だ」と主張。本人の観点からはテロではなく「戦争と革命」であったと述べ、「平和的プロテストは完全に無視され、現状のシステムでは経済的プロテストも不可能だ。こうした破壊に導く者たちに対する暴力が自衛として正当化されるのを認めるのに一体どれほどかかるだろうか」「彼らは金のために地球を焼き尽くすことに躊躇しない。そうであれば我々がサバイブするために彼らを焼きつくすことに躊躇するべきだろうか」「”暴力は何も解決しない”というのは臆病者とプレデターの発言だ」といった暴力を肯定する言葉が並んでいる。
SNSでは社会状況を嘆くコメントを投稿していた。
テレグラフによると、あるXの投稿では、日本の出生率低下の分析を共有しつつ、大人のおもちゃや「孤独なサラリーマンが女の子にお金を払ってアニメキャラクターの格好をさせてアニメダンスを踊らせる」メイドカフェを批判していた。そのほか、人工知能に対する批判、多様性、公平性、包摂プログラムに反対するコメント、スマートフォンが子供に及ぼす害や商業農業による被害に関するものなど、多岐にわたる意見を共有していた。
ニューヨークタイムズによると、マンジョーネ容疑者は過去半年間ほど家族や友人と連絡を絶っており、この空白期間に何があったのか、動機の解明に重要な部分になると見られている。
マニフェスト
9日にペンシルベニア州アルトゥーラにあるマクドナルド店にいるところを通報で駆けつけた警官によって拘束されたマンジョーネ容疑者は、ゴーストガンとサイレンサー、コーポレートアメリカへの非難を綴ったメモを所持していたと報じられている。
メモでは、世間に「トラウマの衝突」を起こしたことを詫びつつ「そうするしかなかった。率直に言うが、これらの寄生虫は当然を報いを受けたまでだ」と犯行を認めた。米国の医療制度は世界で最も高額であるのに平均寿命は42位だと述べつつ、「アップル、グーグル、ウォルマートに次ぐ」時価総額のユナイテッドヘルスケアは成長を続け、「莫大な利益のために国を悪用し続けている」と主張。「腐敗と貪欲」の問題は今や認識の問題ではなくて、「権力闘争が行われているのは明らか」だと述べ、「これほど残酷なほど正直にこの問題に向き合った最初の人だ」と犯行を擁護していた。
ネットでジョーカーに比較する声も
ネットでは現在、企業の貪欲や保険業界の慣行をめぐる幅広い議論に発展しており、なかには容疑者を英雄視するかのようなコメントも多数投稿されている。
TikTokで200万人のフォロワーを持つインフルエンサーthatdaneshguyは事件後、ユナイテッドヘルスケアの「拒否率」の高さを非難するコンテンツを作成し、暴力は推奨できないが、犯人探しを助ける必要はないと主張。ニューヨークタイムズやワシントンポストの元記者、テイラー・ロレンツ氏はSNSで、ある保険会社の麻酔料金の支払いに関する判断を引用しつつ、「そして皆、我々がなぜこれらの役員に死んでもらいたいのか不思議に思っている」と投稿した。さらにブログで「なぜ”私たち”は保険会社の幹部の死を望むのか」と題した記事を投稿。”私たち”は集合的な世論であり、個人的に死を望んでいるのではないと釈明しつつ、「何千人ものアメリカ人が、野蛮な医療制度と、何百万人もの罪のない人々に痛み、苦しみ、死を強押し付けながら何百万ドルも儲けるトップの人々にうんざりしていると説明したまで」と綴った。
バットマンシリーズのスーパーヴィラン、「ジョーカー」と比べるコメントも相次いでいる。
あるユーザーは「ルイジ・マンジョーネのストーリーは、ジョーカーを思い出させる」と投稿。別のユーザーは「彼は現実世界でジョーカーのようなことをしでかした。殺人に使用された銃弾に刻印。警察が見つけるだろうとわかっていたバッグにモノポリーのお札。彼の姓”マンジョーネ’はイタリア語で過食症を意味するし、マクドナルドで顔を見せて捕まった。YouTube動画は12月11日に公開予定だ。すべてが大きな謎解きのティーザーだ」と加えた。一方、「マンジョーネがポピュラーなのは金持ちを罰することに関心を抱くジョーカータイプと見られているから。しかしジョーカーは奇人でのけ者だ。ルイジは裕福な家庭で育った人気の進学校の生徒で、ハービー・デントの方に似ている」と別のヴィランを持ち出すコメントも投稿されている。
YouTubeでは『ジョーカー』(2019)の続編で10月に公開された『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』のストリーミング配信を開始している。